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割と最近のつっこみ:


2007-12-01 [長年日記]

いわゆるコンピュータの特徴

なんかテレビというか放送大学つけたら大岩先生が何かしゃべっていて、ぼーっとしながら見ていたのだが...

反論したくなってきた。いや、大岩センセに反論したとか文句つけたいとかじゃなくて、単に「コンピュータってこういうもの」という説明のときに使う常套句ってややこしくよなあ、という話をしたくなったのだが。

まあもともとこの手の常套句は正確な定義ではないので、条件付きであるからして、条件が社会環境がかわれば当然ややこしくなるんだけど、それにしても、という話。

以下はその説明パネルからの引用です。

  • コンピュータの特徴
    • 与えられたプログラムに従って処理する
    • 手順が変更できない、学習しない
    • 処理が格段に速い
    • まちがわない
    • 記憶が勝手に消えない
  • 人間
    • 自由に行動し、考えられる
    • 手順を入れ替えられる、学習できる
    • 処理が遅い
    • まちがえる
    • わすれる

自由を我らに

人間が自由を感じる時ってどういう時でしょうか。そもそも自由意志なんてそんなに簡単な話じゃねえ、という話もあるんだけど。

そもそも人間はそんなに自由じゃないと感じる社会特性が強い今、コンピュータが「与えられた命令」を処理しているとだけ「感じる」かどうかというのはちょっと考えこんでしまう。

プログラマ=ユーザの前提に立てれば、これを感じるのはそんなに難しくないんだけど、そもそも今のコンピュータはたとえプログラマであっても、ほかのプログラマが書いたコードに依存して書かざるを得ない。するとコンピュータで動くある処理単位というのは、複数プログラマの命令に従うわけですよね。はっきりいって自分以外の不可視な存在から命令されて動いているものが、自由意志で動いているのか命令で動いているのかなんて判定しようがない。すると、ユーザの観点からみても、一介のプログラマの観点からみても、「割と命令に従って動いてるけど、まあでもなんか勝手にやってるよなこいつ」という感覚になってもおかしくない、というかなりませんか?

特に、スタンドアロンのマシンであれば、「誰の」命令で動いているかは割と可視的だけど、ネットワークを介するとこれはとりわけわかりにくくなる。

また、人間が「自由」を感じるシーンの多くは、実は移動の自由にあるのではないかと予々私は思っているのですが、ネット上だとどう考えても人間より情報の方が移動の自由がある。これもまた、自由意志で動いているわけじゃないじゃん、という事になるんだけど、P2Pとか見てると限りなく自由意志で動いているように見えませんか。というか、乗り物が把握できないぐらいある時点でもうそれは自由みたいなもんなんじゃないすかね。

というわけで、コンピュータ(and/or)情報はそんなに不自由であろうか?

手順の入れ替えと学習

最近のPC、out-of-order 実行するし、分野次第では人間よりよほど賢く学習するじゃん。以上。で終わらせてもいいのだが。

並列性が導入された時点で、手順の入れ替えができないというのはとっても微妙。もちろん入れ替え得る手順しか入れ替えられないんだけど、投機的実行とかやってよければ話はかわる。人間だって依存関係のある処理は入れ替えたら結果がかわっちゃうのである。富豪的な発想に立ってしまうと、少なくとも比較的マクロな単位では手順は十分入れ替え可能。で、ミクロな観点では手順が入れ替えできないのは人間だって正確にやろうとすれば一緒。

学習もねえ。やっとまあ計算資源も十分に豊富になり、ましてネット上に人間が膨大に突っ込んだ知識を使っていいという前提に立てる昨今、学習しないって一言できられてもピンと来なくなっちゃってませんかね。

処理が速い

人間が速い事もコンピュータが速い事もあるなあ、というのを日常的に感じながら選択できる幸せな社会が到来しているような気がする。

まちがわない

間違えるじゃんコンピュータ!!!

これもまあ、命令したのは誰なのかという問題、およびコンピュータが依存している知識を与えた人の問題次第なんですけども。

なまじっか間違えない事が増えた分、間違える事も多いなあというのが直感的な理解としては多くなってないだろうか。

あと、人間だって正確にステップ書かれてそのとーりやれっていわれて、必要なエネルギーとかリソース与えられれば間違えないよねー。とかね。

記憶

これはまあ、比較的まだ直感から離れてない気はするけど、でもなんか、さっきやったこと忘れてるし、人間以外としつこいし。

これも、忘れるようにも忘れないようにも設計されているケースが多いから微妙よね。

でもこれに関しては、昔の方がコンピュータの記憶装置のコストが高かったから、記憶が勝手に消えないというか、残させるのはお金がかかるという点で直感と違ったかもね。まあでも、今は逆になんでも残せる分、なんで残されていないのかわからない事が増えてるような気もする。

結論

こういう常套句は、いわばコンピュータの基本コンポーネントの構成上の特徴について、直感的理解を得るためにこの数十年ぐらい使われてきた比喩的説明なんだと思うのですが、そもそも比喩の前提が変わってしまうと直感的理解のための表現としては必ずしも適切でなくなってしまう事があるのではないでしょうか。

以上。ごはんが炊けたのでここで終わり。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]
Max (2007-12-01 18:21)

結局「コンピュータ」の定義によるような気がする。

とおやま (2007-12-02 14:01)

ま、そうなんだけどね要するに。

みんみん (2007-12-03 04:14)

「プログラムは意図通りではなく書かれた通りに動く」ってのがあったねぇ

とおやま (2007-12-07 05:39)

まあ、古くはそれですけどね。<br>「書かれたとおりに動くかどうか怪しい」環境増えてるような気がするんだよなあ、と。<br><br>結局スタンドアロンで処理が終わることがほとんどなくて、良くも悪くもネットの生態系の中で社会的存在としてのコードを書かないといけない局面が増えてるからなのかなあ。


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