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割と最近のつっこみ:


2006-03-29 [長年日記]

地上波の空き地

http://www.soumu.go.jp/s-news/2006/060327_2.html

さてどう使うのが正しいんでしょう。

(ホントに2011年に空くんだろうか...)

制度を技術で解決しようとする事の良し悪し

コピーワンスの問題が顕著だと思うのだが、「技術的に可能」だからと言って、制度に関する熟考なしにそれを技術的に実行してしまうのはなかなか考えものだ。

コピーワンスは著作者の権利を守るために必要だというロジックを成立させるのは自由なのだが、やっぱりそれは視聴者=消費者を特定の利用イメージに縛り付けるという勝手な理屈を強制するものになってしまう。できるからと言ってそれに飛びついてしまうのは大変危険なのだ。CCCDも似たようなもんだろう。

少し成立の経緯は違うので同じように語れるかどうか考え物だが、よくこの問題について考えるとき、日本の鉄道料金収受の方法とヨーロッパのソレとを比較して考えてしまう。

日本の鉄道料金収受のシステムはおそろしく優秀だ。なんでも発券できるすごく賢い自動券売機と、異様に高速かつ高機能な自動券売機の組み合わせ。これで、かなり複雑な複数会社の共存や乗り継ぎの処理、さまざまな料金種別を使い分けている。これはとんでもなくスゴいのだが、果たしてここまでやる必要があったのか?と疑問に思うこともある。

ヨーロッパの都市部で公共交通機関に乗ればわかるが、ヨーロッパの料金収受システムはもっと単純だ。日本みたいに複数の事業者が入り混じって勝手な料金体系を設定することもないし、ほとんどの場合ゾーン制の単純な運賃体系が設定されている。多くの場合バスとLRTと地下鉄は何らかの運賃連携システムが設定されている。実は複数の運輸事業者が運営していたりするのだが、運輸連合などの形態をとることで、少なくともユーザ側にはそれを見せないよう制度設計されている。

また、そもそも改札がいい加減で、いわゆる信用乗車制を取る事で改札システムに対する投資を最小限に抑えていたりもする。

もちろん日本の首都圏や関西圏は、ヨーロッパの都市と違ってとんでもなくエリアが広いとか、都市部と郊外の区別がないとか、条件が厳しい部分があるのだが、根本的な違いとして、「制度はそのままにして技術で乗り越える」ようバイアスがかかった日本と、「制度は簡便にすることで技術はほどほどに抑える」事にしたヨーロッパという対比を見ることが可能だ。

さて、どっちがいいだろうか。ヨーロッパがいいとは一概に言いがたいのだが、僕は日本というか東京はいくらなんでもやりすぎなんじゃないかと思っている。少なくとも東京メトロと都営地下鉄が連携を組んで山の手線内ぐらいもっと単純な制度を採用すべきなんじゃなかったのか。

東京以外の都市ではもっと深刻になる。インフラ投資のコストが高くなればなるほど、運輸事業は立ち行かなくなる危険性が高い。改札なんかにむやみに金かけるより、単純な制度を導入してその手のコストは下げたほうがいい場合が多いはずだ。

とまあ、制度に手を入れることなく技術でそれを乗り越えてしまうのはかなり良し悪しのバランスが難しい問題なんだと思う。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]
きむ (2006-03-29 11:08)

そうなぁ。でもモバイルSuicaとかが可能になるのも超優秀な料金収受システムがあってこそ、なわけで。<br>軍需産業があまり技術開発に貢献しない日本としては、こういう民間のための技術開発に期待せざるを得ない気もする。

ake (2006-03-29 16:41)

スイカとかへの投資っていつ回収できんでしょうねぇ。


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