«前の日(06-30) 最新 次の日(07-02)» 追記

N.* D.* E.* frozen beach

更新しません。

Next Diary Extended

文献関係はアマゾンアサマシエイトへのリンクになっています。あさましいのが嫌いな人はご注意ください。

割と最近のつっこみ:


2004-07-01

街宣車

だからさ、藤沢北警察署だか交通安全協会だか知らないが、午前7時半から街宣車繰り出して交通安全訴えるなってば。

せっかく寝付いたのに起こされた!

Piが有限桁?

らしいんですけど。無理数なのって証明されてなかったっけ?

http://watleyreview.com/2004/062904-3.html

ほかのソースないんでしょうか。

ってこれパロディサイトなの?

あ、そうなの?

なあんだ。

バカ?


2005-07-01

一つの pukiwiki で複数サイトを手動wikifarmっぽく運用したい時のヒント

参考: http://pukiwiki.org/dev/index.php?PukiWiki%2FWikiFarm

pukiwki 1.4.4 以降は割と簡単

以下はファイルの置き場所

Web的に露出させなくてはいけないもの

  • Web的トップディレクトリ = 以下二つでOK
    • .htaccess
    • index.php または pukiwiki.php (またはそれを改名したもの)
  • image/
    • default ではトップディレクトリ直下
    • pukiwiki.ini.php IMAGE_DIR で指定
  • skin/
    • default ではトップディレクトリ直下
    • pukiwiki.ini.php SKIN_DIR で指定
    • *.css と *.js は SKIN_DIR 以下に
    • *.skin.php は DATA_DIR/SKIN_DIR 以下に。
      • これをいじる場合default.ini.php
    • skin を共通化したい場合、symlink などで逃げる?

Web的に露出させなくてもいいもの

  • lib/
    • index.php の LIB_DIR で指定した場所
    • 全wiki共通で問題ないと思われる
  • データ
    • 各Wikiサイトの固有部分
    • index.php の DATA_DIR で指定した場所に以下のフォルダ/ファイルを置く
      • attach/
      • backup/
      • cache/
      • counter/
      • diff/
      • plugin/
      • trackback/
      • wiki/
      • 配布ディレクトリ中の *.ini.php

2006-07-01

Skype専用Polycom

http://ascii24.com/news/i/hard/article/2006/06/29/663176-000.html

隔世の感がございますね。

慶應の内線Skypeで受けられるようにしてくんねーかな。

MS Sharepoint Server

http://ascii24.com/news/i/soft/article/2006/06/29/663164-000.html

もしかして便利なんじゃないの。

もーMSに魂売ろうかなめんどくせー。

日吉地下防空壕

某秘書室の人に誘われたので、学生総合センター主催の日吉地下防空壕を見学してきた。

慶應日吉キャンパスは戦時中は海軍に召し上げられていて、終戦間際は連合艦隊総司令部とかがある地下壕があったんですよ。特に慶應高校の下あたりに長めの地下壕があったので、今日はそこを見学。

資料は「日吉地下壕」「日吉台地下壕」あたりでググってください。

生まれてこの方港北区民ですし、祖母が日吉台尋常小学校の先生だったので、昔から日吉の海軍の話は聞かされていたので、一度みてみたかったんですよね。

1時間ほどもと慶應高校の先生の解説を聞いた後、いざ地下壕へ。地下壕以前に日吉キャンパスの右奥の方行ったことがなかったんですが結構な林ですね。

地下壕。いきなり滑りやすくて転びそうになる。

地下水が出水しているらしく、ただでさえ地下壕だし、かなりの湿度。でも気温20度ぐらいで、梅雨の今日はどうせ外に出ても湿度なので、涼しい分快適。所々床ぐちゃぐちゃだけど。

広さは聞いていたほどではなくて、最大の作戦司令室で横幅3.5mぐらい。室っていっても基本的にはただ断面がでかくなったトンネルだなあ。まあ、扉とかがついてればまた雰囲気違うんだろうけど。よくよく考えると映画「ヒトラー最後の20日」に出てくる地下壕もこれよりちょっと広いぐらいだったような気もする。

割と保存状態はいいような気がする。随所分岐に土嚢が積まれてふさがれてるけど、それ以外の部分はふつうに歩けた。

まあなかなか興味深いものではあった。身近にこういうのがあるってのが面白いよな。予約制のプライベートツアーとかにしてももっと公開すればいいのに。

写真撮ってきたんだけど、載せるのめんどくさいからパス。

その後横浜駅に行ってバーゲンで服とか靴とか買う。丸井、なんか改装していて勝手が違ったがそれなりの収穫があったからよしとしよう。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

WADA [わーいいなー。高校時代から行きたかったけど行ったことないんだ。まだやってるんだー。 塾高の裏の林、蝮谷(冷静に考える..]


2007-07-01

同時代

以前読んで感銘を受けた鉄道本の著者が面白そうなタイトルの本を書いていたので買ってみた。

滝山コミューン一九七四(原 武史)

内容そのものが実に奇妙な感覚を与える本なのだが、個人的な同時代性がものすごくて、今までなかったような読後感を得る本だった。

なにしろ、話のクライマックスは1974年7月の林間学校前夜。熱帯夜の東京で明日の林間学校に行きたくないと著者が蠢いていたまさにその頃、僕は生まれたのです。夜の描写はまさに母が僕に語ってくれた僕が生まれたときの夜そのまま。

僕が小学生の時、分かるような分からないような気になりつ、つつきあわされていた班活動や委員会活動、集会etc。僕の学校はこの小学校のように団地という極端な同質性は持っていなかったし、こんなに理念的に指導する先生がいたわけでもなかった。でも、あの頃感じていた「どうして僕はいまこの活動に参加しなければいけないんだろう」という疑問の背景が、著者の個人的な経験と絶妙にブレンドされた背景思想と社会環境を持って示されている。

中学受験ブームの走りの時期でありながら、進学塾に行こうとすると何となく学校で居心地が悪い、というあたりの描写や、進学塾に行くことで学校の同質性から逃げられる感覚なんかも実に的確に描かれている。まさに他人事とは思えない。

戦後教育が云々、と言われるときいつも不思議だったのが「個人を尊重しすぎて社会性が失われて云々」という言説。まさに戦後民主主義真っ盛りの時期に教育を受けた身として、そんなに個人や個性を尊重したり伸ばしたりするような教育を受けた記憶もなく、どちらかといえば集団への帰属や同調圧力的なものを使った教育を受けた気がしてならなかったのだ。確かに日の丸と君が代はなかったけど、集団への帰属を強制するシンボルとしてそれが使われていなかっただけの話しで、やってることに大差があったとは思えない。この本はまさに、戦後民主主義教育=個人化という言説に対して、個人的な語りと社会学的な背景調査を実にうまく取り混ぜた異議申し立てになっている。

私と同世代の方もそうでない方も、是非お読みいただいてどう思ったか教えてください。

ところでこの著者の書かれた「『民都』大阪対『帝都』東京 思想としての関西私鉄」は実に名著です。鉄道自体にさほど興味がなくても、私鉄沿線や都市文化に興味がある方にもお勧めです。


過去テーブル

一部解放中

tdiary以前

tdiary以後

2003|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|